金戒光明寺からタクシーに乗り込む。
「嵯峨の清凉寺まで」
というと、運転手さん
「清凉寺てどこでしたかいな」
と言っている。ああ、そうか、清凉寺じゃ通じないのかと
「釈迦堂」
と言い直すとわかってもらえた。
嵯峨釈迦堂は通称名で、正式名は清凉寺なのだが、通称名でないと通じない寺というのが京都にはいくつかあるのでややこしい。
丸太通りをまっすぐ西に向かう。千本通りを越えるまでは千本釈迦堂と間違えられていないか、ちょっとどきどきしていた。しかし、運転手さんは千本通りを何の躊躇もなく越え、嵯峨釈迦堂に到着した。
そろそろ昼時なので、ひとまず境内にある大文字屋であぶり餅で軽く腹ごしらえする。串に刺した餅をあぶり、甘い味噌をかけてある。うーん、相変わらずうまいですな。

清凉寺にはここ数年で結構来ていて、境内を通過しているのだが、本堂と霊宝館に入るのはずいぶんと久しぶりだ。
本堂には日光東照宮のような色鮮やかな宮殿の中に清凉寺式釈迦如来が安置されている。
(他のページにたくさん解説があるので、清凉寺式釈迦如来を知りたい人は検索してください)
本堂の周囲を見ているとびっくりするものがあった。狩野一信の五百羅漢図だ。
ここに来る前に金戒光明寺の三門の十六羅漢がこの図の羅漢と似た雰囲気だと思ったばかりだが、その本物がここにあったのだ。
一信の描く五百羅漢は皆、悪人顔で、彼らは神通力によって、池の水を吸い上げたり、いろいろなことをやっているオカルトチックな場面が描かれている。中でも一番印象的なのは、首つりをした女性を助けているという絵なのだが、悪人顔ゆえに羅漢が首を絞めているようにしか見えないというものだ。その絵もここにあった。
聞くとこれは下書きだという。確かに以前、東博で見たものとは同じ絵だが、きちんと彩色のされていないもんだ。なぜ、この絵がここにあるのかは聞きそびれてしまった。
続いて霊宝館へ。
入り口には大きな阿弥陀三尊が置かれる。光源氏のモデルになったとも言われる源融が造らせた像で、阿弥陀如来は源融に似せて造らせたと伝わる。なかなかの男前な顔つきだ。
反対側は文殊菩薩と普賢菩薩がいるはずだが、文殊は京博に出張中だった。と、すると昨日言った道長展に出てた?えっ?いた?
奥に入っていくと四天王。ここの四天王、結構好きなのだ。特に踏まれている邪鬼が。
みな、踏まれているのにちっともつらそうではなく、何だか楽しそうな表情をしている。
多聞天に踏まれている邪鬼は、足がちょうど頭のてっぺんに置かれているが、その足の形のままU字型に頭がつぶれてしまっているという、漫画チックな表現が面白い。
久々に霊宝館の仏像達と再会できて良かった。


本堂の裏手には小堀遠州作と伝わる庭園がある。
あまり人が来ないのをいいことに、縁側に座ってしばらくの間、風に吹かれてまったりとしていた。

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