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2009年2月

朝護孫子寺(2):奈良2009.1

あちこち迷ってようやく本堂を発見する。
急勾配の石段を登って、本堂に入ると、太鼓を叩きながらの般若心経が唱えられているところだった。山の上のお寺はお経を唱えるのも勇ましい感じのところが多いように思う。
無事、初詣でを済ませて、お堂を出ると雪が激しくなっていた。

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本堂下にある宝物殿に入る。
信貴山縁起絵巻の模写が展示されていた。本物は年に1回展示されるようだが、このときは模写。本物は以前、東京のサントリー美術館で見たことがある。そのときに買った絵巻(と言っても本の形になっているものだが)は今も大事に持っている。

像高20センチ程度の小さな兜跋毘沙門天像があった。これまでに見た兜跋毘沙門天の中では一番小さい。まるで念持仏のような大きさだ。目がくりくりっとして何だかかわいらしい。

その近くには金銅鉢が置かれていた。延長7年の年号が彫られているので、平安時代のものだ。
興味深いのはこの鉢がぼこぼこにへこんでいるところだ。
信貴山縁起絵巻に描かれるのは、まさに飛鉢法を操る命蓮の話。誰かが飛鉢法を修得しようと、この鉢を実際に飛ばしたんじゃないだろうか。

さらにもう一つ面白いものがあった。
刀八毘沙門天の描かれた図像だ。
兜跋毘沙門天の異字に過ぎないと思っていたのだが、その姿は全く違う。字のごとく刀を八本、体の周囲に鎧のようにして身に付け、獅子に乗り、四面十二臂の姿をする。頭上には智拳印の大日如来。
始めて見た。東国の武将の間で広く信仰されたのだという。

宝物殿を出ると雪は小降りになってきていた。
朝護孫子寺は面白いところだ。
現世利益のオンパレード。境内にはいろんな神仏がいる。

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「融通さん」は心のどんな融通事でも必ずかなえてくれ、御守りを財布に入れておくだけで、おこずかいに不自由しないといい、

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「銭亀さん」は銭亀守りを一億円札と一緒に石臼にのせ、回すとお金の廻りがよくなるという。

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これかな?その石臼というのは。

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これは三寅の胎内くぐり。
境内全体がテーマパークのようだが、不思議と俗っぽい感じがしない。信貴山の霊力ゆえだろうか。
眉をひそめる向きもあろうかと思うが、こういうの、好きだな。
日本の仏教はもっと民衆を受け入れ、夢を与える努力が必要なのではないだろうか。
仏教ファンのひとりとして、そんなことを思った1日だった。

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朝護孫子寺(1):奈良2009.1

2009年1月10日、またまた奈良へ。
最初の訪問寺は朝護孫子寺。
新幹線で降り立った京都駅からJR奈良線に乗って奈良駅まで行き、関西本線に乗り換え王寺駅で下車。
ここからタクシーに乗り込む。
「朝護孫子寺まで」
「はあ?」
「朝護孫子寺。信貴山の」
「ああ、信貴山ね」
信貴山じゃないと通じないらしい。そんな会話のあとで、ようやく車は走り出した。

このころ、連続して起こっていたタクシー強盗対策らしく運転席の後ろには古ぼけた車両に似つかわしくない真新しい仕切り板が取り付けられていた。
それと。
この運転手、シートベルトをしていなかった。。。

駅で降りたときから厚い雲が空を覆っていたが、車が山を上っていくにつれて、白いものが降ってきた。やがて、寺に到着。
初めての信貴山だ。ずっとあの『信貴山縁起絵巻』の信貴山に来てみたいと思っていた。

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そして、これが、見たかった張り子の虎。
結構大きい。
それに首はモーターで動いている。

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あっちにも、

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こっちにも、

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こんなところにも虎がいる。

聖徳太子が物部氏を討つときに、寅の年、寅の日、寅の刻に毘沙門天がに現れ、その加護によって勝利したことから、毘沙門天を祀る寺院を創建したとされる。それが、この寺と虎との関係である。

山内には所狭しとたくさんのお堂があって、いろいろな神仏が祀られている。そのために境内は迷路のようになっている。まだ今年の初詣を済ませていなかったので、最初に参拝するのはどうしても本堂にしたいと思っていた。
で、本堂はどこだ?
あれ?ここはさっき通ったお堂だし。

(つづく)


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