日記・コラム・つぶやき

さよなら、ハムスケ

預かっていたハムスターが昨日、引き取られていった。

来るときは人間がケージを持ち上げるたびに2本足で立ち上がり、声にならない叫びを上げているかのように口を開けて、不安げに上を見上げていたのだが、帰りはそんなこともなく落ち着いてじっとしていた。
これは、この1週間の間に信頼関係を築けたということに違いない。あるいは、単に寝ぼけていただけだったのかもしれないが。

無事に元気なままで返せてほっとしているけど、いままでいたものがいなくなるのもさびしいものだ。
夜行性なので夜になると2本足で立ち、人がくると扉のところにきて、開けてくれーと顔を突き出そうとしたり、小さな手と足で人の体によじ登ってきたり、床をどたどたと走り回ったり、どうみても入れそうもない隙間に身をよじって入り込もうとしたり、頭や顔を撫で回し、オシリや体を手で掻いたりする様子が思い浮かんでくる。


P1040403
扉を開けると手をかけた懸垂状態で足をばたばたさせながら外に出てくる

P1040379
部屋の隅っこで顔や頭を撫で回す

P1040387
時には紙袋の中に入り込んで出られなくなったり

P1040389
好物のバナナチップを与えるとその場でむしゃむしゃ食べていた


| | コメント (2) | トラックバック (0)

賓客滞在中

知人が旅行に行っている間、ハムスターを預かることになった。日曜日にわが家にやってきて、今度の土曜日に帰ることになっている。

ちょっと親父顔なハムスターである。
好奇心旺盛で初めての家なのに、ケースから出してやるとさっそく部屋の中の探検を始めた。狭いところが大好きなようでやたらと机の下に入りたがる。この部屋は仕事部屋でもあるため、机の下にはパソコンが数台と客先から預かっている機器が置いてある。なので、あまりそこには行って欲しくない。だいいち、そこは埃だらけだからハムスターの体にもよくない。

P1040366

段ボールと大きな辞書を並べて部屋を半分に仕切って、机やパソコンのある方に行けないようにしてみた。しかし、その仕切りの向こうにパラダイスがあることを知ってしまっているハムスターはどうしても行きたがる。壁を必死によじ登ろうとし、登れないとわかると今度はすき間を探して体をねじって入り込もうとしている。そのうち、ここからは入れないだろうと思っていたすき間に体を入れ、向こう側のパラダイスに行ってしまった。満足そうに向こうの隅で毛繕いをしているが、こちらは気が気ではない。

P1040364

人間がこっちのすき間を埋めると、今度はまさかこんなところからというすき間を見つけて入り込んでしまう。そんな攻防を繰り返し、ようやくどこにも出られるすき間がないとわかると、今度は床に座り込んでいる人間に登ってくる。手から肩まで登り、満足するとまた降りてくる。
座っている人間のほぼ垂直に立つ胴体をTシャツにしがみつきながら登ってきたこともあった。チャレンジャーな登山家ハムスターは何度かの失敗を繰り返しながら、ようやく登頂に成功し、満足げに肩にのって辺りを見渡していた。登っているときに、人間がそっとお尻を支えていたことは気がつかなかっただろうが。

好物はバナナチップ。どんなすき間に入り込んでいても、バナナチップの袋を開けてその匂いを送ってやると必ず顔を出す。ただ、すき間探しに興奮しているときは、顔だけは出すがそのまま戻ってしまうこともしばしばだ。ヒマワリの種も喜んで食べる。ヒマワリの種はその場で食べずにほお袋に入れて、部屋の隅っこで後ろ向きになって食べている。中の柔らかいところだけを食べ、外側の堅いところはその場に捨てていくので、ケースの外で食べた場合はどこで食べたかを把握してゴミ掃除を人間がする必要がある。ニンジンもまた好物だ。シャキシャキと涼しげな音をたてて食べる。皿に入れて与えると、その場で食べているのだが、朝になると必ず自分の寝床に移動されている。ニンジンと添い寝してるのだ。

このハムスターを元気なままで持ち主に返すのが当面の最大の使命となっている。

P1040361


| | コメント (4) | トラックバック (0)

上野の鰻

上野の龜屋 一睡亭で鰻を食べてから、うえの夏まつりに出ている骨董市を眺めるのがここ数年の夏の行事となっている。
一睡亭の鰻は十分に蒸して余分な脂を落とし、それよってふっくらとした仕上がりとなっている。タレもあっさりとした味わいで上品さを演出する。今まで食べた鰻の中ではこの店の鰻が味の上品さとふっくら感では一番ではないかと思っている。
いままで食べた鰻の中では一睡亭と対極にあるのが神田きくかわだろう。きくかわの鰻は十二分に焼き色をつけて鰻の脂身を封じ込め、香ばしく脂の乗った味わいを楽しめる。しかも、普通の鰻重でも重箱からはみ出して端が折りたたまれて出てくるほどの大きな鰻が出てくる。精を付けたいときの鰻としてはうってつけと言える。

この一睡亭の鰻を食べるのが年に一度の楽しみとなっている。
店に入ったとき、一組の客が既に席が空くのを待っていたので、そのあとに並んだ。例年なら、一組程度なら2,30分も待てば席が空くものなのだが、この日は宴会が数組入っていたらしくなかなかあかない。席に案内されたのは1時間も経ってからのことだった。

そういえば、店に入ったときにちょうど通りがかった女中がちらっと横目でこちらを見ただけで「いらっしゃいませ」の一言も言わなかった。その時点で異常事態に気が付くべきだった。

ビールを飲んで待っているうちに、ほどなくして鰻重が出てきた。いつもの鰻だと箸を軽くおいただけでほぐれた身が今年は少し弾力があった。1年に一度しか行かないので、箸をおいただけで身がほぐれたというのは、イメージが膨らみすぎた結果なのかもしれない。あるいは、あまり待たせたので、急いで出してくれたために蒸し焼きの時間が短かったのかもしれない。
それでもタレの甘すぎず辛すぎずの味わいはいつもの通りで、十分に満足した。

帰りに長く待たせたからと粗品をいただいた。帰ってから開けてみたが、これは粗品というにはとんでもない代物だった。包みを開けると出てきたのは、白木の箱の中に入った清水焼の箸置きだった。

P1040360

そのあと、隣の上野公園で骨董をひやかす。
やたらと李朝と書いてあるあやしい骨董や下手な絵にとんでもない値段が付いているのがあったりして、面白い。夜の不忍池を一周して家路に着いた。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

白猫来訪

P1040220

今から2週間ほど前のある日の昼下がり、一匹の白猫が我が家のベランダにやってきた。
猫は人間の決めた境界などおかまいなしに行き来する。この猫も隣家との境目の壁の隙間を通って隣からやってきたのだった。

初め人の顔を見てにゃーにゃー鳴いてえさをねだっていたが、何もくれる気配が無いことを知るやいなや、コンクリートの床にべったりとおなかをつけて居眠りを始めた。いや、寝たふりをして人間がえさを用意してくれるのを待つ作戦なのかもしれない。

そういえば、この白猫、エレベータを待っていたクロネコヤマトの宅急便の配達のおじさんの背後から物音ひとつ立てずに忍び寄って、足に絡み付いて驚かせていたことがある。やはり猫は同じ猫族を見分けるのだと思った。

その前にはサッカーワールドカップの日本xクロアチア戦の日、珍しく寿司をとった我が家に配達に来た兄ちゃんに代金を支払っている間、マタ抜きパスよろしく、人のマタの間をくぐって家の中にまで入ってきたのもこの白猫だ。

しばらくこの猫の姿を見ていないが、元気にしているだろうか。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

さかなボールペン

日本橋丸善で入手。

しっぽがキャップになっていて、はずすとボールペンの芯が現れる。

__p1030671

__p1030672

| | コメント (0) | トラックバック (0)

上野夏祭り

ここ数年の間、夏の恒例行事と化していることがある。
それは、上野で鰻を食べること。そして、その後、夜の上野公園を散策すること。
上野夏祭りの期間中、上野公園には骨董品屋や植木屋がテントを出している。古本を扱う店もある。こうした店を覗きながら歩くのが楽しいのだ。
去年は、ここで入江泰吉の写真集を手に入れた。『大和路』『大和路第二集』の2冊で確か3000円だった。
安いのは良かったのだが、よくホームレスの人が持っているようなぼろぼろの紙の手提げ袋に入れてくれたのにはちょっと閉口した。

『大和路』は昭和33年の初版。『大和路第二集』は昭和35年12月の初版発行で翌年1月に再版されたものだ。
すべて白黒の写真で、いまだったら写真集には使わないだろうざらざらした紙に印刷してある。写真の粒子も粗いが、インクの黒が墨のようによく締まった深い色で、それがざらっとした紙に印刷されると、寂れた奈良の風景にかえってよく似合い、郷愁をかきたてられる。
こういう黒は最近の印刷物では見かけない気がする。

昭和33年といえば、敗戦から13年。これだけの写真集はまだまだ贅沢品だっただろうに、どのような人がどんな思いでこの写真集を見ていたのだろうか。そんな思いにふけりながらいままた改めてページをめくっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

足立区・震度5+

震源地が千葉県だったにも関わらず今回の地震での最大震度となるという不名誉な記録を出してしまった足立区にある自宅であるが、風呂桶にためておいた水が隣の洗面所にまで飛び出して床を濡らしたという以外に大した被害は幸いなことになかった。
我が家にある本棚のうちのひとつは手前と奥に二重に棚がついていて、前側の棚を手前に引くと奥の棚が現われるようになっている。この前側の棚が揺れによって開き、地震の間、つっかえ棒的役割をして本棚が倒れるのを防いでいた。
この転倒防止装置のおかげで、激しい縦揺れはどうかわからないが、横揺れに対しては相当に耐えられるのではないだろうか。
この本棚を作った匠の技には大いに感心する(そうじゃないか)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新ブロクに枝分け

新たにものづくりの穴というブログを作った。
ここで、萌企画のオンラインソフトの公開情報やその他を書く予定。

ここに書いていた一太郎特許の話もそちらに移した。

こちらには当初の目論見どおり、アナログな話題を中心に書いていきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

檻の中の動物

動物園というところはすごいところだ。
南極に住むペンギンがいると思ったら、アフリカにいるフラミンゴがいる。
ワニもいれば、熊も、猿も、あざらしも、虎もライオンもいる。

P1020088

P1020104

檻に入れられた動物達は、悲しげだ。
狭い檻の中を人間の視線にさらされ、自分の居場所を探して、しきりに動き回っている。

P1020108


象は火災に備えて、がんばっていた。

東武動物公園にて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

梅の花、絶好調

P1020071

正月に西新井大師で買った梅、ずいぶん咲いた。
絶好調。
撮影に使用したカメラはLUMIX DMC-FX2
発色が自然でなかなかよろしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

サイタサイタウメガサイタ

最初に咲いた花
正月に西新井大師で買った梅がこの寒さにもかかわらず咲き始めた。
何も知らずに買ったのだが、実はこの梅、冬至梅といって早咲きの梅らしい。
この時期に咲くのは正月に合わせて植木屋さんが暖かいところで育てて咲かせようとしたというわけではないらしく、普通のことらしい。
2番目の花


一輪は咲き、もう一輪はつぼみの状態。写真は13日に撮影したもの。今日現在で三つの花が咲いている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

充電たまご

緊急時 電気が無くても これさえあればもう安心♪【手まわし充電たまご】★FOMA対応型シャン...

手まわし充電たまご
というのを買った。非常時に役に立つかと思って。

AM/FMラジオを聞け、LEDライトがつき、サイレンが鳴る。
ハンドルを回せば充電でき、電池は不要。

ついでに携帯電話にも充電ができる。
詳しくは上の写真をクリック。

入れる袋も付いていた。
ストラップも付いているが、これはつける場所がない。自分の携帯電話に付けろ、という意味か。

今度は非常持ち出し袋も買おうかと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

梅は〜咲いたか〜

家から歩いて5分のところに西新井大師がある。
ここに引っ越してきてから、かれこれ3年になるが、以来、初詣はここに行くのが決まりとなった。
いつもは人もまばらな参道と境内もこの時期は参拝者が大勢訪れ、活気づく。
普段は開いていても客のいるのを見たこともないような店も、商品を店頭に置いて客を呼び込んだりして、はりきっている。
家の回りも路上駐車だらけだ。

今年もここで初詣をした。
境内に作られた露店で玉コンニャクやら、たこ焼きやらを買い食いするのもまた楽しい。
IMG_1498
植木屋もたくさん店を広げている。
その中で梅の鉢を売っていた。どの梅もすでにつぼみを付けている。
木の幹が地面から斜めに出ているのがあった。この斜めの感じが風情があっていい。

植木屋曰く、部屋に2,3日置いておけばすぐに花が咲きますから。
そんなに早く咲いては季節感も何もあったものではない。

そんなわけで、今、この梅は家のベランダに置いてある。
本当の春になれば、花が咲くだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今はない正月のわくわく感へ

つい数ヶ月前が正月で家でだらだらと過ごす生活をしていたような気がするが、暦の上では確かに前回の正月までの間に365回も太陽が登り沈みを繰り返しているのである。

子供の頃は正月といえば、1年のうちでほとんど唯一の非日常だったし、この日が来るのをわくわくしながら待ったものだった。
ふだんは9時に寝ていた小学生の頃でもこの日だけは夜遅くまで起きていることが許され、午前零時を過ぎてから眠りにつくのが楽しかった。

その頃は、年が変わるというのは何かすごい変化が起こるのだろうと思って、この日の午前零時を待ち望んでいた。
成長するうちに、年が変わっても何も変わらないし、連続して流れていく時間の一瞬に過ぎないということがわかっていく。
正月は毎年同じことをし、テレビも似たり寄ったりな番組をだらだらとやるだけの1年ごとに繰り返される日常に成り下がっていった。

最近は1日から店も開いているし、ますます普通の日との変わり目がはっきりしなくなった。

正月の午前零時に何かを期待して待ち望む子供はいまでもいるのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

なぜだ!雛

今年も恒例の東玉の変わり雛が発表された。
この変わり雛で思い出すのは、いまを去ること20年ほど前の事件だ。
当時の三越の社長が取締役会で突如解任されたときに、「なぜだ!」と叫んだ、という報道が日本全国を駆け巡った。
そして、この事件は世間の人々の心に刻み込まれ、その年の終りの変わり雛に「なぜだ!雛」として登場することとなった。
いまでも同年代の人間の前で「なぜだ!雛」と叫んでみると相手も意外と知っていたりする。
何の脈絡も無く言うわけにはいかないので、そう頻繁には叫べないが、それなりの人数が知っているということは、それだけインパクトが強かったのだろう。
その年以来、変わり雛には毎年注目しているが、残念なことにこれを超えるネーミングの雛人形は出てこない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)