旅行・地域

橿原ロイヤルホテル:奈良2009.1

行きはタクシーで行った朝護孫子寺だが、帰りはバスで山を降りた。バスの時間まで少し時間があったので茶屋で甘酒など飲んで、雪で冷えきった体を温めた。10分前にバス停に行くが、誰もいない。本当にバスは来るのだろうかと不安に思いながら待っていたが、ちゃんとバスは来た。
信貴山下でバスを降りる。今日の宿のある橿原神宮駅まで行かなければならないが、この駅から行くには結構乗り換えが複雑だ。いくつかルートがあるが、
信貴山下 ー(近鉄生駒線)ー 王寺 (徒歩) 新王寺 ー (近鉄田原元線)ー 西田原元 (徒歩) 田原元 ー (近鉄橿原線)ー 橿原神宮駅
とすべて近鉄線で行くコースを選択した。2つの乗り換えの両方に徒歩で別の駅に行かないといけないのが面白い。関東だったらこのくらいの距離だったら地下道を作ってでも駅をつなげるくらいのことはするのではないかと思うが、その辺はコスト意識がしっかりしている関西らしいという気がする。

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西田原本駅から田原本駅に乗り換える途中にあった看板。手描きの自転車がいかしてる。

ちなみに田原本駅に乗り換えるには踏み切りを渡る必要があるが、ちょうど橿原神宮駅方向の電車をむなしく踏み切りの前で見送ることとなった。

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田原元駅のメンズショップの絵もいかしてる。

そして今日の宿の橿原ロイヤルホテルに到着。奈良のお気に入りのホテルのひとつで以前は良く泊まっていたが、繁忙期はなかなか予約が取りにくいことや、若干宿泊費が高いので最近はなかなか泊まる機会がなかった。今回はたまの贅沢ということで、予約を入れた。
ここは洋室だけではなくて和室もあって、畳の上でごろっとできるのがいい。そして、本物の温泉もあるところもポイントが高い。

夕食はホテル内のフレンチレストランで。ここもお気に入りのレストランだ。
以前は、来るたびに感動していたのだが、そのときの味ではなくなっていたような気がする。期待しすぎたせいだろうか。

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畝傍山のシルエットを見ながら食事ができるのがうれしい。

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翌朝の客室からの景色。
巻向山が正面に見える。


橿原ロイヤルホテル

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朝護孫子寺(2):奈良2009.1

あちこち迷ってようやく本堂を発見する。
急勾配の石段を登って、本堂に入ると、太鼓を叩きながらの般若心経が唱えられているところだった。山の上のお寺はお経を唱えるのも勇ましい感じのところが多いように思う。
無事、初詣でを済ませて、お堂を出ると雪が激しくなっていた。

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本堂下にある宝物殿に入る。
信貴山縁起絵巻の模写が展示されていた。本物は年に1回展示されるようだが、このときは模写。本物は以前、東京のサントリー美術館で見たことがある。そのときに買った絵巻(と言っても本の形になっているものだが)は今も大事に持っている。

像高20センチ程度の小さな兜跋毘沙門天像があった。これまでに見た兜跋毘沙門天の中では一番小さい。まるで念持仏のような大きさだ。目がくりくりっとして何だかかわいらしい。

その近くには金銅鉢が置かれていた。延長7年の年号が彫られているので、平安時代のものだ。
興味深いのはこの鉢がぼこぼこにへこんでいるところだ。
信貴山縁起絵巻に描かれるのは、まさに飛鉢法を操る命蓮の話。誰かが飛鉢法を修得しようと、この鉢を実際に飛ばしたんじゃないだろうか。

さらにもう一つ面白いものがあった。
刀八毘沙門天の描かれた図像だ。
兜跋毘沙門天の異字に過ぎないと思っていたのだが、その姿は全く違う。字のごとく刀を八本、体の周囲に鎧のようにして身に付け、獅子に乗り、四面十二臂の姿をする。頭上には智拳印の大日如来。
始めて見た。東国の武将の間で広く信仰されたのだという。

宝物殿を出ると雪は小降りになってきていた。
朝護孫子寺は面白いところだ。
現世利益のオンパレード。境内にはいろんな神仏がいる。

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「融通さん」は心のどんな融通事でも必ずかなえてくれ、御守りを財布に入れておくだけで、おこずかいに不自由しないといい、

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「銭亀さん」は銭亀守りを一億円札と一緒に石臼にのせ、回すとお金の廻りがよくなるという。

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これかな?その石臼というのは。

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これは三寅の胎内くぐり。
境内全体がテーマパークのようだが、不思議と俗っぽい感じがしない。信貴山の霊力ゆえだろうか。
眉をひそめる向きもあろうかと思うが、こういうの、好きだな。
日本の仏教はもっと民衆を受け入れ、夢を与える努力が必要なのではないだろうか。
仏教ファンのひとりとして、そんなことを思った1日だった。

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朝護孫子寺(1):奈良2009.1

2009年1月10日、またまた奈良へ。
最初の訪問寺は朝護孫子寺。
新幹線で降り立った京都駅からJR奈良線に乗って奈良駅まで行き、関西本線に乗り換え王寺駅で下車。
ここからタクシーに乗り込む。
「朝護孫子寺まで」
「はあ?」
「朝護孫子寺。信貴山の」
「ああ、信貴山ね」
信貴山じゃないと通じないらしい。そんな会話のあとで、ようやく車は走り出した。

このころ、連続して起こっていたタクシー強盗対策らしく運転席の後ろには古ぼけた車両に似つかわしくない真新しい仕切り板が取り付けられていた。
それと。
この運転手、シートベルトをしていなかった。。。

駅で降りたときから厚い雲が空を覆っていたが、車が山を上っていくにつれて、白いものが降ってきた。やがて、寺に到着。
初めての信貴山だ。ずっとあの『信貴山縁起絵巻』の信貴山に来てみたいと思っていた。

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そして、これが、見たかった張り子の虎。
結構大きい。
それに首はモーターで動いている。

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あっちにも、

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こっちにも、

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こんなところにも虎がいる。

聖徳太子が物部氏を討つときに、寅の年、寅の日、寅の刻に毘沙門天がに現れ、その加護によって勝利したことから、毘沙門天を祀る寺院を創建したとされる。それが、この寺と虎との関係である。

山内には所狭しとたくさんのお堂があって、いろいろな神仏が祀られている。そのために境内は迷路のようになっている。まだ今年の初詣を済ませていなかったので、最初に参拝するのはどうしても本堂にしたいと思っていた。
で、本堂はどこだ?
あれ?ここはさっき通ったお堂だし。

(つづく)


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生きてる?

今年の3月に奈良に行ったときに見つけた自動販売機。
頭塔の前にあった。

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かなり古そうだが、使用禁止になっていないし、コインの投入口もふさがれていない。
何が出てくるのか、あるいは何も出てこないのか興味はあったが、あまりに古い缶飲料が出てきても迷惑なので、お金の投入はしなかった。チャレンジャー求む。

ちなみに頭塔とは下の写真のような階段ピラミッドみたいなもの。

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古くからの言い伝えで玄昉という人の首が落ちた場所とされる。だから頭塔と呼ばれた。
唐突に、「首が落ちた」と書いたが、それはこんな事件があった。

玄昉という人は奈良時代の僧侶で、唐に留学して法相を学んで帰国している。その後、吉備真備とともに政権中枢へと入った。その頃、そうした動きを好ましく思っていなかった藤原広嗣が九州で兵を起こすが、失敗し処刑される。その後、藤原仲麻呂が勢力を持つようになると玄昉は九州へと左遷されるが、その地は玄昉に恨みを持つ広嗣が死んだ地。玄昉はその地で広嗣の怨霊に殺され、首だけが奈良まで飛んできて落ちた、という奇怪な話なのだ。
それを祀ったのがこの頭塔と言われてきたのだが、最近の学説では実忠が建てた土塔であるという説が有力だ。

頭塔

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奈良の山火事リス看板

最近、山火事注意看板のコレクターをやっている。それもリスのイラストのやつ。
コレクターといっても看板そのものを集めるのではなく、写真を撮っているだけだが。

まず、滋賀県と京都府の看板。

そしてこちらが長野県八千穂村の看板。

今回の奈良行きでまたリスの看板を見つけた。

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奈良は文化圏としては京都に近いのではないかと思っていたが、見比べてみると意外にも八千穂村のに似ている。いや、そっくりと言っていいかもしれない。まといの構え方、顔の向き、しっぽの位置、色、顔のすべてが一致する。
これと似てるんだけど、顔がなぜかいやらしい感じなのが滋賀県。
堂々としていて、一番心に訴えかけてくるのが京都府、
という分類になるか。

それにしてもどのイラストが本家なのだろうか。
謎は深まる。

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あ〜れ〜


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今月今夜のこの月を。。。
(写真をクリック)

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称名寺にて

横浜市にある称名寺は中心に広い池のある浄土式庭園を持ち、その周辺に伽藍が建っている。
境内には誰でも入れるので、人々が散策したりベンチに座ったりする憩いの場ともなっている。

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水というのはどうして人の気持ちをリラックスさせてくれるのだろう。

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この朱の橋がアクセントとなって、この景色を引き立てている。
この庭園は昭和62年に復元されたものだそうだ。

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この寺は、北条氏の一族である金沢北条氏によって建立され、鎌倉幕府とともに繁栄した。

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塔頭光明院の前にはいくつかの石仏が並んでいた。

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子供を抱く地蔵菩薩。
地蔵は子供の守り神としても厚く信仰されてきた。

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観音菩薩か?
手に持つハスはなぜか折れ曲がっている。

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こちらもお地蔵さん。

称名寺

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鎌倉:江島神社奥津宮

江ノ島はなぜか猫が多い。
飲食店の残り物でも貰っているのか、どの猫もまるまると太って幸せそうだ。

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やがて江島神社の三宮のうち、もっとも奥にある奥津宮に到着。
古さびた感じのする社殿は最奥の宮にふさわしい。
祀られるのは三姉妹のうちの一番上のお姉さんにあたる多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)。

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拝殿の天井には八方睨みの亀。なんと酒井抱一が描いたものだという。
どういうわけか、亀が真剣な顔でこっちを睨んでいる。
ただし、ここにあるのは複製。

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奥津宮を過ぎてさらに奥へと進んでいくとやがて海に出た。
大勢の釣り人が釣果を競い、たくさんのトンビが空を舞っていた。

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そこから再び同じ道を引き返した。
途中の「生シラス丼」の看板に惹かれて、海の見渡せる食堂に入った。
ツレは普通のシラス丼を注文。生シラス丼は海から近いここでしか食べられないんだろうが、味としては普通のシラス丼の方がおいしかった。

会計を済ませると、食堂のおばさんから帰りの近道があるから、と教えてもらった。
中津宮を飛ばして最初の辺津宮まで一気に出られる道だった。

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車で横浜ベイブリッジを通って東京へ。そして新幹線で軽井沢に帰宅した2日間だった。

(鎌倉の話おしまい)

当ブログの更新もこれが今年最後となります。
今年一年ありがとうございました。
来年も皆様にとって良いお年でありますように。


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鎌倉:江島神社中津宮

辺津宮から中津宮へは島の中央に向かって登っていく。
途中にはエスカーという乗り物で登れるようになっているが、これは結局のところ、ただの有料のエスカレータである。われわれはこれには乗らず、石段を登って歩いていった。

やがて立派な灯籠が見えてきた。江戸時代に江戸の芝居小屋の中村座が奉納したものだという。こういう灯籠が並んでいるところを見ても、この神社が当時から栄えていた様子が窺える。他にも同じく江戸の芝居小屋、市村座の奉納した灯籠もあった。

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市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)の祀られる中津宮は朱の色も鮮やかな社殿で、これは平成八年の全面的な改修により、 元禄二年改築当時の権現造りの建築を再現したもの。

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中津宮の狛犬。石が茶色掛かっているのは潮の影響だろうか。


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鎌倉:江島神社辺津宮

翌朝、江ノ島へ。
ずいぶん昔、夜中に車で来て江ノ島に渡る橋を渡っただけで帰ったことがあるような気がするが、ちゃんと島内をめぐるのはこれが初めてだったりする。

両側に土産物屋や旅館、飲食店が立ち並ぶ細い参道を通って江島神社に向かう。

参道を抜けると竜宮城みたいな門が現れた。

そして、江島神社辺津宮(へつみや)の社殿。

江島神社は辺津宮、中津宮(なかつみや)、奥津宮(おくつみや)に別れていて、参拝者はそれぞれ手前の宮から奥の宮に向かって順に参拝していく。
祀られるのはそれぞれ田寸津比賣命(たぎつひめのみこと)、市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)、多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)の三女神で、美人とされる三姉妹だ。
別名、宗像三女神と言われ、そのルーツは九州の宗像大社にある海の神である。

この神はのちに仏教の弁財天と同一視されるようになるが、この神社にも弁財天が祀られる。と、いうよりは江島神社の神名を知っている人よりも弁財天の存在を知っている人の方が圧倒的に多いだろう。
この八角の建物である奉安殿に二体の弁財天が安置されていた。
1つは八臂(はっぴ)弁財天。8本の手にそれぞれ刀や弓、宝珠などを持っている。
源頼朝が藤原秀衡を調伏祈願するために、文覚上人に造らせたといういわれが残されるものだ。
もう1つは二臂の弁財天で、これが実に全裸なのだ。岩の上に座って琵琶を抱えている。
妙音弁財天といい音楽芸能を司る。八臂弁財天の方は勝運守護と同じ弁財天でも大きく性格が異なっている。

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なぜか打出の小槌が。
「固定されていますので、持ち上げないで下さい」と書かれたシールが張ってあった。


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