留守中に上がり込んで描いた襖絵:京都取材旅行第四回(13)
何だか京都にいるという実感を持てないまま滞在最終日となってしまった。ツレも同じ気持ちだという。5泊もしたというのに、これはいったいどうしたことか。
最後は高台寺の塔頭・圓徳院に行った。またしてもカーナビに惑わされながらどうにか高台寺の駐車場に到着。圓徳院に着いたのは朝10時前。10時からということで、まだ開いていなかった。10時にならないと開かない寺というのも珍しい。
近隣の写真を撮りつつ時間をつぶして再び戻ってくると、今度は開いていた。
受付を済ませて中に入ると、お目当てにしてきた長谷川等伯の襖絵のうちの「春の画」が襖におさまっているのが目に入った。
等伯は大徳寺・三玄院住職、春屋宗園に襖絵を描かせて欲しいと常々懇願していたが許されず、ある日、住職が留守であることを知って勝手に上がり込み、そこにあった襖に絵を描いたというものだ。
もともとの襖のガラとして桐の紋があったが、等伯は構わずその上に墨で描いた。
その襖絵がいま園徳院の所蔵となっている。
「冬の画」はガラスケースに入れられ展示されていた。
白い桐紋が襖一面に散らされた上に松や岩が描かれている様子はまるで雪が降り積もっているようでいっそう寂しげな印象を与える。
等伯はこの襖絵をきっかけに京都での活躍の場を得るようになった。51歳での思い切った賭けだった。
京都取材旅行記第四回おしまい。
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北野天満宮の大鳥居の前ではたくさんのタクシーが客待ちをしていた。その大鳥居をくぐると両側には奉納された灯籠や神牛像が置かれる長い参道が大きな楼門まで続いている。
続いて妙心寺へ。ここの塔頭・退蔵院では如拙の瓢鮎図の複製を公開している。
翌朝、車に乗り込み、カーナビに妙心寺を設定。商店街を通らさせられそうになるなど、ナビに振り回されながら着いたところは仁和寺。妙心寺のあとに行こうと思っていたので、別に問題はないのだが、ナビなどに頼らず自分で地図を確認して走らせていればもっと早く着けたはずだった。







と書く。これは「能」の寺に「ヒヒ」という文字があり、何度も火災にあったこの寺の僧侶がそれを嫌ってこのように書くようになったという。
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