船岡山から京都を一望する:京都取材旅行第一回(18)
大徳寺を出たとき、時刻は既に3時半になっていた。
予定ではこのあと金閣寺、竜安寺に行くつもりだった。
タクシーを拾えば金閣寺には行けるだろう。
しかし、寒さに弱いツレがギブアップを宣言したため、門を出たところにあった喫茶店に入り、一休みすることにした。
寒い中を吹きさらしの寺の建物を回り1日中、庭を見まくったのだから無理もない。
喫茶店の窓からは船岡山がすぐ目の前に見える。
船岡山は平安京造営の基点となった場所で、山というよりは小高い丘と言ったほうがふさわしい。
この山のすぐ南に大極殿が作られ、その先から朱雀通りが南へ向かって作られた。
この山の頂上には磐座があり、平安京遷都以前から古代人はこの山で神下ろしをし、神聖な場所としていた。
その船岡山に一度登ってみたいと思っていた。
疲れているツレには悪いと思ったが、登ることにした。
登っていくと公園になっている広場があり、そこからは比叡山がよく見える。
眼下には大徳寺の伽藍も見える。
さらに登ると三角点のある頂上に出た。
大きな岩がある。これが磐座だろうか。
遠くに京都タワーも見える。
ここには、建勲神社が建てられている。
織田信長が祀られる神社だ。
この神社は次のようないきさつで作られている。
明治2年に、信長の子孫で天童藩知事の織田信敏という人が、信長の神号の宣下を明治天皇に願い、建織田神の神号を賜るが、翌年、建勳社(たけいさおのやしろ)と改称され、東京の織田信敏邸と天童舞鶴山に祀った。
京都の建勲神社はその後で遷座したものだ。
建勲神社は、明治天皇が織田信長を祀って作ったと書いてあることがあって、どうして明治天皇が信長を?と思っていたのだが、調べてみると上のように信長の子孫が明治天皇に願ってできたものであるようだ。
神社の本殿に着いた頃には雨が降ってきた。
その雨も拝殿でほんの数分待ったらやんだ。
船岡山を下りる頃には日も出てきた。
降りる途中、比叡山を夕日が赤く染めているのが見えた。赤く染まった比叡山は神々しかった。京都の人が比叡山に特別な思いを持っていたのがわかったような気がした。
(京都取材第一回目の旅行記おしまい)
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天龍寺北門からはすぐ近くにある野宮(ののみや)神社へ。
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